【母親と縁切り】母から長年虐待されてきたが、結局は社会人になればそんな毒親ともおさらば出来る。

【母親と縁切り】母から長年虐待されてきたが、結局は社会人になればそんな毒親ともおさらば出来る。

【性別】男性
【年齢】(縁切りできた当時)
25歳
【職業】(縁切りできた当時)
会社員 





【縁切りした人】
昔から私のことを虐待してきた毒親である母
【その人の年齢】
48歳
【縁切りした人の人柄】
性格は外では明るく真面目で優しいですが、家に帰るととにかく家族に当たり散らす内弁慶な性格でした。
職業は当時パートでした。
特技などは一切なしで中卒です。
生活態度は外では真面目で家では怠けて寝てばかりでした。
周りからに評価はとても良かったです。




【嫌な部分と実害】
小さい時からずっと虐待されてきました。
初めて虐待されていると感じたのは小学校5年生くらいでしたが、今考えて見れば赤ちゃんの頃からずっと馬鹿にされて蔑まれてきました。
私には妹がいるのですが妹は何をしても怒られないし自由奔放に育てられてきました。
しかし私だけは長男なんだからしっかりしろと体罰を受け、テストで良い点をとっても悪い点をとっても同じように殴られたり罵倒されました。
正直母親の顔を見るだけで殺したいほど嫌いです。




【決定的な出来事】
高校生くらいの時に大学進学を志し、もう勉強して学年一位を取りました。
それまでは小中と後ろから数えた方が早いくらいの学力でしたので、学年一番をとった私を母親はさぞかし褒めてくれるだろうと思いました。
家に帰りいつもどおり母親からの愚痴や小言を言われましたが、ぐっと我慢して夜ご飯を食べるタイミングで学年一位になった通知表を見せました。
母親は驚くことも褒めることもなく「は?だから何?」と言いました。
その瞬間自分が鬼になったような気分になり、全てをめちゃくちゃにしたいと感じました。
その時から親と縁を切ることを考え続けて社会人になりました。




【当時の心境】
親と縁を切ろうと思っても所詮は学生時代は、親の金で生きているわけで何もできませんでした。
ただ毎日のように「クソババア、死ね、消えろ、産んでくれなんて言ってねえよ!」と言ったセリフを吐き続けました。
正直親の顔を見るだけで吐き気がしましたし、絶対に何があってもこんな人間にならない、こんな親にはならないと心に決めて毎日生きてきました。
母親が家にいるだけで胸がむしゃくしゃして生きた心地がしなかったり、不安になられたり鈍器などで殴りつけたくなりました。




【相談と助けてくれた人】
友達や彼女に相談しました。
友達はすごく反応してくれて家によく呼んでくれて、私が家に帰らなくて良いようにしてくれました。
彼女もいつも一緒に車などで居てくれて、私の話をずっとずっと聞いてくれました。
どんなにこの人たちが居てくれて助かったかは言葉にしきれません。




【縁切りのための行動】
何度も失敗しました。
出て行くと家出をしても連れ戻されたり、警察を呼ばれたりで話になりませんでした。
家に帰りたくなかったので友達の家によく外泊しに行きましたが、わざわざ友達の家までお菓子を持ってやってきて「私は悪い母親じゃないのよ」と言ったアピールをしてきました。
本当にそんな二面性のある母が嫌いでした。
また家に連れ戻されたら連れ戻されたで、まくし立てるように暴言を吐きまくり体罰や食事を抜かれたりしました。
うまくいったのは児童相談所にメールをした時くらいで、その時だけ児童相談所の職位の前で母親が頭を下げましたが、数日するとまた烈火の如くキレだし、叩かれたりお前は屑だ産まなきゃよかったと罵られました。

【決意してから縁切り成功までの期間】
高校生から社会人4年目くらいまでかかったので10年近くかかりました。




【縁切り成功のきっかけ】
大人になり社会人としてやって行く中で母親の小言や、暴力が気にならなくなっていきました。
まるで最初から体罰などは無かったかのように、自分自身が親からの虐待を気にしなくなっていったのが縁切りのきっかけでした。
何を言っても動じない私に母親は嫌気が差したようで、ただぐちぐちと小言を言ったりするだけになって行きました。
私自身が仕事が忙しすぎて母親にいちいち反応していられなかったというのもあります。
だんだんと母親からの虐待行動は減少していき(減少していたのか私が仕事で遅くまで家にいないから虐待できなくなったのかは分かりませんが)、ある日ほとんど何もしてこなくなりました。
何もしてこないというよりは私の事を完全に無視しています。
いないものとして扱っているという感じになりました。




【その人との経過】
縁切りしたが、ときどき連絡はとっている

【現在の関係】
縁切りしてから5年くらい経ちました。
完全に縁が切れたたというよりは、親族などの集まりごとなどでだけ会うと言った感じです。
話をする事もほんの多少ですがありますが、今でも話すと小言を言われるので極力話しかけないようにしています。
周りの知人や親族が私のことをどう考えているかは分かりません。
母と縁を切ると同時にほとんどの親族とも連絡を絶ってしまったので、どう思われているかが分からないのです。




【縁切り後の生活】
満足しています。
未来に向かって前進できていますし、自分の生活だけに集中できるのが何より嬉しいです。
それに縁切りするまではどうやって母親を苦しめてやろうかばかりを、毎日ひたすら考えて過ごしていました。
今考えると異常だと思いますし、そんな事を考えながら生きていてもなんの生産性もないと感じます。
ただ母親の虐待のせいで今でも子供を作ることが怖いです。
私も母親のように我が子を虐待してしまわないか、それが怖くて悩み続けています。



【当時の自分へのアドバイス】
昔の自分よ!絶対に将来は明るい未来が待っているから、今は諦めずに勉強だけして早く社会に出なさい。
そうすれば自然と親のことなんて考えなくなるぞ!親なんて所詮人間だし自分より先に逝ってしまうんだから。
そんなもののために自分の頭と時間を無駄にする必要はない。
とにかく自分の人生を生きなさい。
親は親で勝手に生きて行くからいつまでも子供のままでいないで、早く自立しなさい。