【母親と縁切り】実母の束縛から逃げられなかった私が決心した日

【母親と縁切り】実母の束縛から逃げられなかった私が決心した日

【性別】女性
【年齢】(縁切りできた当時)
20歳
【職業】(縁切りできた当時)
毒親の子供として生まれました。





【縁切りした人】
実の母親
【その人の年齢】
42歳
【縁切りした人の人柄】
とにかく自分の思い通りにならないとキレる人で、子供のことだろうがお構いなしに勝手に決めるような人でした。
進学先の高校や、専門学校選びにまで関与してきた挙句、友人関係にまで首を突っ込むような典型的な過保護な親でした。




【嫌な部分と実害】
とにかく束縛が激しく門限は高校生になっても6時だったのでまともに友達とも遊べず、希望通りの高校へ進学するも何かにつけてヒステリーを起こして「誰のためにこんな高い学費払ってやってると思っているんだ」とテンプレのような発言から、家に友達を呼ぶなとか、自分は毎週末のように私にも告げず外泊三昧でなにも説得力がありませんでした。
中学生の頃から束縛はかなりひどく、当時の門限は5時で、3年の頃に不登校になった時は髪の毛を掴まれ階段から引き摺り下ろされて学校まで連れていかれました。




【決定的な出来事】
私がバイト先の人と慰労会に参加した時に時間が遅いとわざわざ近隣の店舗を一つ一つ確かめて迎えにきた時に私には自由がないんだと思い縁切りを決めました。
そこから4年ほど経って行動に移しました。
法的に親の同意なしで結婚できる年齢になったので、その当時付き合っていた人と結婚の話になり、ちょうどいいタイミングだったので結婚の挨拶にいきなり行きました。
現夫は緊張していましたが、私の代わりに実母を半ば強引に説得してくれて、その時の実母の腑に落ちない顔は今でも覚えています。




【当時の心境】
20歳を迎えるまではとにかく毎日が地獄でした。
高校2年生の頃に転籍をして通信制の高校へ行ったのですが、その頃からアルバイトを始めて極力一緒にいることがないように過ごしていました。
生活の時間帯を夜型にして昼は寝るような生活を19歳まで続けましたが、周りの協力で高校は3年で卒業することができました。
とにかく20歳までには家を絶対に出ると決め、費用を貯めたり一人暮らしをするにあたって必要な物や必要なことを調べ尽くしていました。




【相談と助けてくれた人】
誰にも相談はしませんでした。
相談したところで解決もしないし、児相送りになるのだけは勘弁だったのでとにかく自力で逃げることだけを考えて生活をしていました。
時には当時の彼氏の家に逃げたり、生活面で協力をしてもらっていました。




【縁切りのための行動】
とにかく生活を自立させることを頑張りました。
生活の時間帯を変えたので、親からの干渉からは逃れることができたのですが、それ以外の家事や生活に必要なことも切り話されました。
その後は一人暮らしをする想定だったので特に問題はなかったのですが、これが自分で稼ぐことができない時に決断していたらと思うと少しゾッとしました。
その後は徐々に当時の彼氏の家から学校に通ったりアルバイト先に出勤したりと、生活の拠点を少しずつずらしていくことに成功して、完全自立とまではいきませんが、自立した生活を手に入れることができました。
会社の寮を借りることもできて自分だけの空間を持てたことも大きかったです。
いきなり家を出るというと完全に反対だったと思いますが、徐々に少しずつが功を奏した感じがします。

【決意してから縁切り成功までの期間】
挨拶から5ヶ月後に入籍しました。




【縁切り成功のきっかけ】
18歳の頃に生活の基盤を当時の彼氏の家と会社の寮に移しました。
そこからその彼氏とは別れてしまったのですが、その後現在の夫と付き合うことになり、そこでも支援をしてもらえたので生活の拠点を実家に戻すことはなくそのまま結婚まで漕ぎ着けました。
形だけでもプロポーズをしてもらい、婚約指輪をいただいて結婚指輪も作成した段階で挨拶に行きました。
もう断ることはできない後には引けない状態に全てを整えてからの行動です。
その後孫が2人生まれ、子供たちのためにと思い少しの交流は続いていたのですが、昨年から続くコロナ禍で丁度よく会うことがなくなったのでそのままフェードアウトして現在に至ります。
特に縁切りの際に行動したことはなく、このコロナの流行が転機となりました。




【その人との経過】
縁切りしたが、ときどき連絡はとっている

【現在の関係】
縁切りして2年近くになります。
子供や共通の知人もいるので少しは交流がありますが、それ以上でもそれ以下でもないです。
たまに連絡は取りますが、実家で飼っている犬のことだったり共通の知人のこと、子供のこと以外の連絡は基本的にきても返してません。
電話だといまだに緊張してしまうので、基本的に全ての連絡はメールです。




【縁切り後の生活】
かなりスッキリしました。
こうも生きやすいのかと、自分の人生なんだから自分が決めていいと前の会社の上司に言われてから初めて気づくことができました。
親の言いなりになっていた人生は本当に自分にとって苦痛で無駄な時間だったと思います。
晴れ晴れしているからか外に出ることも増え、今は家族4人で田舎暮らしですが幸せです。



【当時の自分へのアドバイス】
とにかく自分でなんとかするというスタンスは崩さないで耐え忍んでください。
あなたが今なにをいっても言い返されて自分が傷つくだけだから。
とにかく調べられることは調べて、その時のベストを尽くせるように
そして、本当に辛い時は周りの人が助けてくれるから。
家にきてもいいよと言ってくれる友達や彼氏を大事にしてください。