子供のバスケチームのコーチ。指導補助の人と縁切り。もっと早く辞めてもらってちゃんと練習出来たら精神的に楽だったと思う。

子供のバスケチームのコーチ。指導補助の人と縁切り。もっと早く辞めてもらってちゃんと練習出来たら精神的に楽だったと思う。

【性別】男性
【年齢】(縁切りできた当時)
35歳
【職業】(縁切りできた当時)
会社員





【縁切りした人】
同じチームの指導者
【その人の年齢】
45歳
【縁切りした人の人柄】
明るくて社交的な性格で年齢の割に若い見た目。
職業は、自営業。
バスケをしていて周りからの評価は仲がいい人からは信頼されてるみたいですが、しっかり話をすれば自分の意見がすべて正しいと思って話をしてくるタイプ。




【嫌な部分と実害】
子供にバスケを教えていたんですが、こちらが考えていることがあって出している指示と違うこと(自分が正しいと思っていることだけを教える)しか教えず、『あれは間違えてる』と陰で保護者を巻き込んで文句ばっかり言っていた。
話ししても『俺はこうだから』の1点張りで話にならない。
立場上こちらがヘッドコーチ相手は指導補助なので、指示が通らないと同じチーム内で子供たちがいろいろ違う趣旨のことを言われるので、子供が迷惑を被る。




【決定的な出来事】
保護者を巻き込んで悪口ばっかり言うので、月1回の頻度で保護者会を開く羽目になっていて、ある保護者会の日に練習任せたら誰にも話を通さずに子供たちだけに急に『俺は今日でこのチーム辞める。
あいつじゃ試合に勝てないよ。
』って言って勝手に辞めていった。
その後の子供たちにも泣ている子がいて、フォローしたり子供のメンタルを立て直すのにとても大変だった。
取り巻きの保護者への説明などにもかなりの時間が必要になったので練習どころじゃなくなった。




【当時の心境】
当時の心境は、止めていた煙草も吸い出して、白髪まみれになり、かなりの苦痛だった。
何を言っても話が通じず、毎回の練習がたまらなく嫌で、毎回辞めたかった。
将来も自分の子供の校区内で活動しているため、子供たちに迷惑が掛からないか、かなり不安だった。
中学校も同じ校区になるので、いつになったら顔合わせなくていいかを考える毎日が、精神的にきつかった。
ただただ子供にバスケをしてほしいだけなのに練習以外のことで時間を割かれるのがもどかしかった。




【相談と助けてくれた人】
チーム内にも、立場の上下を分かってくれる人がいて、当たり前ですが『ヘッドコーチの指示が絶対』と思ってくれる人がいたので、そういう人や妻、他チームの指導者に相談して助けてもらった。
どこのチームにも話が通じない人がいることを教えてもらった。




【縁切りのための行動】
特に何かを頑張ったことはないが、こちらとしては、相手の考えを理解しようと思って、飲みに行ったり話し合いをする場をもって話してたんですが、『あんな練習じゃ勝てない』とか『全然うまくなっている気配がない』など否定的なことしか言わないので、『具体的な解決策はありますか』と聞いても何か具体的なことを1つも言わないので、分かり合えない人と話し合うことほど無駄なものはないと思った。
子供に迷惑がかかってはいけないので、試合時のベンチから外れてもらったり練習を任せる時間を極力減らした。
取り巻きの保護者は、練習メニューについても口を出してきたりと何かと邪魔になるような事を言ってきて、迷惑でしかなかった。
相手は無反応だった。

【決意してから縁切り成功までの期間】
3年




【縁切り成功のきっかけ】
こちらになんの報告もなく辞めた日を境に、つぎは、保護者の立場で文句ばっかり言ってくる日々に変わった。
その半年後についに子供を連れて退部していった。
保護者と集まる場でしてくる無駄な提案には、一つも乗ることなく、常にこちらの意見を言って指示に従うように言ってた。
1つでも言ううことを聞いてしまうと『あの時は、いけたから次は、、、』と次々に不要な提案をしてくるので、本当に必要な提案以外はほぼ退けてた。
多分、自分がヘッドコーチになって代表の座が欲しかったんでしょうけど、周りの取り巻き保護者もだんだん目が覚めてきたのか、こちらの意見を聞いてくれるようになったところから、風向きが変わって退部していく流れになった。




【その人との経過】
縁切りして、連絡も一切取っていない

【現在の関係】
退部していった後も、隣のチームに移籍していったので、公式戦や練習試合で顔を合わせる機会が、あったけどストレスなので極力挨拶だけして、会話をしないようにさっさと移動するように心がけていた。
一緒になって移籍した人もいたけど、同様に挨拶だけしてそれ以外は、出来るだけ関りを持たないようにさっさと移動していた。




【縁切り後の生活】
練習環境がかなり変わった。
子供にも保護者にもこちらの指示が、素直に通るようになりストレスフリーになって、指導者も子供も練習が楽しくなった。
練習が楽しいと結果もついてくるもので、市の公式戦で初めてのベスト4になり賞状までもらえるようになった。
春の大会に続いて秋の大会でもベスト4になり子供にも恩返しができたと思う。



【当時の自分へのアドバイス】
指導に関して、文句が出ないようにもっと勉強してからチームをたち上げるなど、もう少しこちらの努力するべき点はあったのかなと思う。
重箱の隅をつつくようなことを言ってきたりするので、どんなことを言われても全て理詰めで回答できるようになればいいと思う。
言い方には最大限気を遣う必要はあるけど、考えがぶれるとそこから解れていく。